我が家の味付けデッキ表(2024年4月時点環境)
| デッキ名 | うまみ | 塩気 | フレーバー |
|---|---|---|---|
| 基本デッキ | 味の素 | 塩 | 胡椒 |
| 煮物・照り焼き | 醤油 | みりん+砂糖+日本酒 | |
| おひたし | 合わせだし | 醤油 | みりん |
| ごま和え | 醤油 | 炒りごま、砂糖 | |
| 味噌炒め | 味噌 | みりん | |
| 甘酢 | 醤油 | お酢、砂糖、みりん | |
| カレー(和風) | 玉ねぎ炒め | 醤油 | カレー粉 |
| カレー(トマト) | 玉ねぎ炒め、トマト | ウスターソース、ケチャップ | カレー粉、はちみつ |
| イタリアン | トマト | 塩 | ニンニク+オリーブオイル+唐辛子 |
| トマト煮 | トマト、玉ねぎ炒め | ウスターソース(+ケチャップ) | 赤ワイン |
| ナムル | 味の素 | 鶏ガラスープの素 | 炒りごま、ごま油 |
| 中華 | オイスターソース | ||
| エバラ | 焼肉黄金のたれ |
- 各項目について
- うまみ
- 基本は、だし軸 or トマト軸 or 食材うまみ軸(空欄)。
- 食材からうまみがたくさん染み出ると予想される場合(代表的なものとしては鶏もも肉や牛肉)は空欄でも可。食材自体のうまみが控えめと予想される場合は当欄か後述のうまみ(塩あり)で補う。野菜もしっかり煮込むとうまみが出るそうだが、舌が終わってるのか料理がへたなのかわからんが玉ねぎとトマト以外で野菜のうまみを感じたことはあまりない。
- 値は張るが、えび・しらすなんかも軸になれるパワーがある気がする。
- 味の素はどこにでも入る。迷ったら1枚入れておく。極論、味の素と塩だけでも料理自体は可能(という風に割り切ると心が穏やかになる)。太宰治も愛した味の素を俺は信じる。
- 塩気
- フレーバー
- うまみ
- 減塩における基本戦略
- フレーバーのピン刺しについて
- 有用/まあどこにでも入る
- 注意を要する
- 個人的によくわかってない調味料/今後使ってみたい調味料
- お酢:甘酢炒め以外で使ったことがない。かなり存在感があるので単体としての強さは感じる。今後使いこなしていきたいカード。
- ゆず胡椒:美味しいらしいけど塩気が強すぎるイメージがあり忌避している。フレーバーとしてのポテンシャルは感じる。塩入ってないゆず胡椒(的なもの)あったらだれか教えてください。
- ポッカレモン:ちょくちょく使ってるはずなんだけどいざデッキ整理してみたらどこに使ってるのかよくわからなくなる。お酢と似たポジション。
- めんつゆ:単独軸ならともかく、ほかの軸に混ぜようとしてもよくわからない。メーカーにより入ってるもの違いそうだし。
- マヨネーズ:レシピで指示されたら使うが自主的にはあまり使ったことがない。時短ポテンシャルを強く感じる。
- マスタード・練り辛子:あまり使ってないがかなり強さを感じる。今後使いこなしていきたいカード。
- 日本酒/赤ワイン/白ワイン:調味料としてはよくわからないけど料理中に飲めるので好き。
表には含めなかったが、【洋風レモン】【イタリアン(和風)】《チリコンカン》《ナシゴレン》あたりも好きです。
皆さまの主力デッキもぜひ教えてください。良き自炊ライフを。
セントオルカと俺とサンドガールちゃん
大変なことになってきちゃったな、と感じた。アプリゲーム「Last Origin」の期間限定イベント「復刻 セントオルカの秘密作戦(以下、セントオルカ)」を読んでいてのことだ。
というのも、俺の嫁ことサンドガールちゃんに、なんだかめちゃたくさんセリフがあるのである。
「セントオルカの秘密作戦」は2020年12月にリリースされた期間限定イベントで、今回のイベントはその復刻開催にあたる。わたしはセントオルカをプレイするのは初だったが、このイベントに俺の嫁ことGS-10サンドガール、愛称「サンドガールちゃん」に登場するのは知っていた。攻略wiki知識である。
わたしは、「どんなセリフかな?テキスト何文字あるのかな。誤タップで読み飛ばさないように注意しておかないとな。うーんなんだか緊張するな」などと考えていた。
サンドガールちゃんは、とってもかわいい脇役である。サンドガールちゃんはゲーム内ランクは「B級保護機」だ。このゲームのレアリティはB~SSなので、B級は最もコモンなランクだ。大量生産されたバイオロイド――そう、このゲームは「工業製品」として生み出された女の子たちを使って戦う――で、入手は容易く、燃費もよく、しかし戦力は心もとない。保護機というのはいわゆるタンク役なのだが、いわゆる「かばう」スキルである”指定保護”もデフォルトでは持たない*1。当然、人気も少ない。そりゃ~そうである、だってよほどの縛りプレイでなきゃ、B級保護機なんて使わないもの。とても儚く、しかしハチャメチャにかわいい、もうものすごくカワイイ、とってもカワイイわたしが大好きなマイナーな脇役、それがサンドガールちゃんなのだ。
なのだが。
サンドガールちゃんが喋るたびにスクショしていたら何が何だかわからなくなってしまった。
めっちゃ喋る!
びっくりしてしまった。そして急に恐ろしくなった。日頃、サンドガールちゃんの数少ないセリフを聞き込み、脳内で暗唱し*2、一枚しかない立ち絵*3を大事に見つめていた、あの退屈だがどこか安らかな日々。それが急に遠くに感じられた。いかん、刺激が強すぎる。ボートしか着かないような漁港に、いきなり豪華客船が寄港してしまった。
しばらくゼイゼイと数話読み進めたのち、アプリが”また”クラッシュした。
「Last Origin」は大変重い*4アプリで、わたしの環境ではしばしばアプリが止まり、しばしば再インストールを余儀なくされる。幸いアカウント連携機能が充実しているので大したことではないのだが。
再インストールには少し時間がかかる。わたしはこれを天からの贈り物だと思った。神は言っている。「急いで食うな、ゆっくり食え」――と。
お言葉に甘えて、わたしはゆっくり読むことにした。なにせ「Last Origin」のイベント期間は長い。この復刻イベントは2021/12/22から2022/1/12まであるのだ。ソシャゲのかき入れ時にこんな様子で大丈夫か?と心配になるが、こののんびりペースがLast Originのいいところだ。
遅かれ早かれわたしはセントオルカを読み終えるだろう。その感想はたぶんここには書かないと思う*5。サンドガールちゃんのセリフはこの先何行かあるかもしれないし、もしかしたら皆無かもしれない。だが、いずれによ揺るがない事実がひとつある。セントオルカで、サンドガールちゃんは生きていた。楽しそうに。それは現実で、その現実がわたしは涙が出るほど嬉しかった。
気になることが少しあって、このセントオルカのサンドガールちゃんは「どの」サンドガールちゃんなんだろう?ということだ。先述のようにバイオロイドは大量生産された工業製品で、とりわけGS-10サンドガールは低級戦闘員なのでたくさんいる(と思われる)。ただ、それを言い始めるとシナリオにならないので、LastOriginのシナリオでは暫定的に「とある一個体」を取り上げて物語にしているのである。わたしはGS-10サンドガールをたくさん育てているので(厳密にいえば、愛称「サンドガールちゃん」はそのうちの一個体である)、今回のお話に登場したGS-10はどのGS-10なんだろう?なんてことを考えたりする。それはとっても楽しい空想だ。年末年始は、この空想を肴に過ごそうと思う。

それではみなさん、よいお年
日記を描くのは楽しいね。/いや~な夢、といえば。
日記を描くのは楽しいね。


くるまも炊飯器も、毎日見ているのに描くとむずかしい。どんならくがきであってもです。それが楽しい。

いや~な夢、といえば。
わたし(たち)は出力する、あるいは推しカプ功夫の話
現代のソーシャルネットワークは「好き」を共感しあう時代なのだという。互いの好きを認め合う、素敵である。そんな現代をわたしは過ごしやすく思っている。そして、しかしそれはそれとして、わたしは、わたしの「好き」を信じない。
なぜならば昨日の自分と今の自分が地続きであるとは、わたしには思えないからだ。あっという間に好きになることがある。あっという間に嫌いになることも。昨日の自分がとても好きだったものが今日も好きとは限らない。わたしの「好き」はとても主観的で、エモーショナルなものだから、再現性には乏しいのだ。だからわたしはわたしの「好き」という感情を、根本的に、まったく、信用していない。
だが、「好き」によって出力されたものは信じる。
出力の中身は何でもいいのだ。文章でも、絵でもいい。ただ最低限、他人に見せて意味が通じるものがいいだろう(つまり、感情的構造が、見た目の物理的構造に反映されている状態を指す)。わたしの場合は推しカプ二次創作だが、ひとによってはAmazonに書いた書評だったり、すばらしい一次創作だったりするかもしれない。曲やレシピというひともいるだろう。大事なのはいざという時に素早く自らの手を動かすこと、そしてあとに残ることだ。
わたしはその「いざという時」に、何度か直面してきた。そういうときは、なりふり構わず、出力を試みなければならない。そのときにしか描けない激情を、取りこぼしてしまうのが、わたしは一等怖いのだ。
さらに恐ろしいことに、出力は習慣づいていないと、すぐに錆びる。絵はとりわけ顕著だが、文章だって、しばらく怠けるとまるで書けなくなってしまう。そうすると、どうなるか。いざという時に身体の中に荒れ狂う激情を出力できず、ぼろぼろと無為に手のひらから零れ落ちるということが起こる。そしてその手のひらから零れ落ちた激情は、もう二度と戻ってこない。決して。
だからその「いざという時」に備えて、わたし(たち)は出力し続けなければならない。
描くのだ。描き続けるための技術を得るのだ。自分の下手さに嫌気がさして、放り出したくなる日もあるでしょう。でも諦めず、たとえ牛歩でも歩みを止めず、精進を重ねなければならないのです。そうやって出力されたものでしか、未来の自分は救えない。そうでしょう? (不)信、それこそがわたしの創作意欲の原点なのです。そうたとえ山野枯れ果つれども、出力済みの愛だけは残る。
そして……、そうした鍛錬の蓄積、また、それに掛けた時間や労力は、鋼の幻覚を生み、自らを更なる高み(もうそう)へと誘ってくれるのだ。

ダンキラ!!! -Boys, be DANCING!- 一周年に寄せて考えたこと
アプリゲーム『ダンキラ!!! -Boys, be DANCING!-』の運営サービスが終了する。
2020年8月5日(水)14:00の予定だ。以降のアップデートで、通信を行わずに遊ぶことが可能な「オフライン版」が配信される。ユーザーは引き続き遊び続けることが可能だが、これまでに行われてきた定期的なコンテンツ追加は終わりを迎える。またデータ引き継ぎやアカウント復旧、OSアップデート等のユーザーサポートも終了すると見られる。
このお知らせが開かされたのは、2020年5月20日18:00頃のことだった。そのお知らせを持って、有償ダイヤの販売が終了した。
5月20日のこと
5月20日13:00~17:59、『ダンキラ』は定例メンテナンスだった。
いつもより長めのメンテナンスである。翌、5月21日はダンキラのリリース一周年記念日であったことから、恐らくそれを記念した追加コンテンツが実装されるのであろうと誰もが考えていた。
わたしもそう思っていた。新形式イベント「フラミンクエスト」を早くやりたいとずっと思っていた*1。これは元々は四月下旬に行われる予定だったのだが、新型コロナウイルス感染拡大の影響で、延期になったのである。ほかにも、追加楽曲や追加ウェアなどがあるかもしれない。リリース一周年記念と言うと、アプリゲームの花形のひとつだ。復刻イベント続きで少し倦んでいたし、個人的な事情で気分が冴えないこともあり、早くダンキラを思いっきり味わってパアッとした気持ちになりたいと思っていた。ダイヤの貯蓄はいっぱいあるし、課金の準備も十分ある。はやくじゃぶじゃぶ貢ぎたい。推しの晶があたらしいおべべを着ているところが見たい。あと恒常晶☆5をはやく限凸したい*2。まあいっぱい回してりゃそのうちくるだろ! そう考えていた矢先のことだった。

ゲーム画面のお知らせ一覧を開いて、まず最初に考えたのは「なんだか赤いな」ということだった。……ん?不具合が続いてるの? 新イベント・新ガチャ告知バナーには、ゴールド生のかわいらしい顔が表示されるのが常で、それを見て「ウオオオーーー、今回はこの子が主役なのか!!」と興奮するのがいつもの流れなのだが、その「キャラと目が合う」感覚がない。
やたらと目が滑るなかで、少しずつ日本語を読んだ。
少しして、ツイッターを開いた。尊敬している『ダンキラ』仲間がどうしているか知りたくて、直接ホーム画面へ飛び(タイムラインを追う気力はなかった)、けれどその悲嘆の“濃度”はすさまじく、長くと見ていられなかった。救いを求めて、別のソシャゲ仲間のホーム画面へと飛んだりした。そこでも少なからず、「このタイミングでサ終とは」と驚嘆をもって『ダンキラ』が言及されていた。少なくとも女性向けスマホゲーム界隈においては、やはり“これ”は異様な光景なのだ、と奇妙な安心を得た。
ツイッタートレンド一位に「ダンキラ」という文字があった。現実なのだと実感した。
その夜は自らを急かすようにペンをとって、めちゃめちゃに落書きをした。元々下手の横好きなうえに最近創作意欲が枯れてサボっていたので、当然人体のバランスがうまく取れず、ぐちゃぐちゃになりながらクロッキーと指のデッサンとキャラ模写をして指慣らしをし、その後2枚ほどエトワールの三人をえがいた感情的なラフを描いた。完成するはずもない。寝つきを良くする常備薬をのんで早く寝た。
5月21日のこと
出勤した。午後が休暇だったので14時頃帰宅した。
午前中は仕事をしながら、ふとすればこみあげる涙と戦った。『おおきく振りかぶって』のなかで、涙には悔しさを発散する成分が含まれているので、悔しさを明日の力に変えるために涙をこらえよう、とシバセンが西浦ナインに言うシーンがある(細部は違ったかもしれないが)。それが思い出されて、涙をこぼしてなんかたまるか、全部飲み込むぞという気概でいた。悔しさも悲しさも喜びも苦しみも全て自分が『ダンキラ』と晶から与えられたもので、それを一滴たりとて失ってたまるか。全部血肉にしてやると、燃えてすらいた。
絵を描いたり、推しのためにスコーンを焼いたりしようと思っていた(推しの顔を見ながら食べる食べ物は美味い)。こんな大事な日に眠くなりたくなかったので、昼ご飯は炭水化物を抜いた。
いつもの習慣でPCの前に座り、いつもの習慣でツイッターを開いた。「一周年」を記念し、白いアニバーサリースーツを着た美しいダンサー達が、晶が蛍がノエルが、画面の向こうからわたしに笑いかけていた。「ありがとう」と。

新規実装された蛍のイラストはパジャマ姿で、一周年全く関係ないやんと思ったけどはちゃめちゃにかわいかった。萌えた。キラートリックは念願の「蛍火」で、キラートリック習得ストーリーは念願の念願の「エトワール」三人によるものだった。クソ燃えた。カドスト、やばかった。全部全部全部よかった。
ああ、終わるんだ。と思った。
上手く言えないが、そこで感情がぽっきりと折れてしまった。
それからのこと
あの日から、「おめでとう」という言葉の意味をずっと考えている。
お‐めでとう〔‐めでたう〕 の解説
[感]《形容詞「おめでたい」の連用形「おめでたく」のウ音便》新年や、相手にめでたい出来事があったときに言うあいさつの言葉。丁寧に言うときは「おめでとうございます」。「ご結婚、おめでとう」
[補説]「御目出度う」「御芽出度う」などと当てて書く。あい‐さつ【挨拶】 の解説
[名](スル)《「挨」は押す、「拶」は迫る意で、本来、禅家で門下の僧に押し問答して、その悟りの深浅を試すこと》
1 人に会ったときや別れるときなどに取り交わす礼にかなった動作や言葉。「挨拶を交わす」「時候の挨拶」
2 会合の席や集会で、改まって祝意や謝意などを述べること。また、その言葉。「来賓が挨拶する」
3 相手に対して敬意や謝意などを表すこと。また、その動作や言葉。「転勤の挨拶」「なんの挨拶もない」goo国語辞書より (https://dictionary.goo.ne.jp/word/)
今は新年ではないので、『相手にめでたい出来事があったので、敬意と謝意を表して言う言葉』といったところだろうか。
『ダンキラ』はわたしにとって換え難い、大切な存在だったんだろうと思う。だからここは笑って「一周年おめでとう!」と言うべきなのだと、あたまではわかっている。いるのだが、それを言葉にできないでいる。言えば楽になれるのに、それを言った途端、なにか大切なものが自分の中からこぼれてしまうように感じる。
この世に生まれおち、一歳を目前にして余命を告げられた、ゲームのなかの推し達を思う。「お前がいないと始まらないだろう」とわたしを指差すノエルや、「これからさらに美しさを増す俺を楽しみにしてくれ!」と言う晶のことを。
毎月のように新しいスマホゲームが、漫画が、アニメが、小説が始まり、毎月のようにどこかの世界に終わりが来る。『ダンキラ』はその順番がまわってくるのが、ほんの少しはやかった。これはそれだけの話だ。
喜びや苦しみ、この狂おしいほどの激情はすべて『ダンキラ』がくれた。こうも心動かされる存在に出会えたわたしは、きっと幸せ者なのだろうと思う。だが今は、ただひたすらに悲しい。
そうやって、今日もやっていく。ログインして、ノーツをタップしポイントを稼ぎ、スクショを撮って、ストを読み込み、画面の向こう側の世界に心を寄せる。少しでも近くにいられますようにと。
『ダンキラ!!! -Boys, be DANCING!-』の世界に心からの感謝を。
晶、愛してるぞ。

▲ 輝かしき二か月前の想い出。この頃は、せめて一周年半くらいまでは続くと無根拠に信じていた。今となっては全てが青く、懐かしい。